お世話になります。今回も在日同胞の帰化申請のお話です。
今回は何の話かと言いますと、まあ、なんてことない話なんですが、日々在日同胞の帰化を専門でやっていますと、出来事に応じていろんなことが頭に思い浮かんでくるんですが、そのうちの一つです。
官報、みなさんご存知かと思いますが、官報に帰化の許可の結果が載ります。ですので、私は毎日官報をチェックしていますが、官報に載っている許可が出た在日同胞と思われる方々のお名前や住所、年齢などを眺めていますと、いろいろ、家族構成とかその他の事情など想像ができるんですよね。
どんなことが想像できるのか、ちょっとお話したいと思います。
改ましてこんにちは。行政書士の川本でございます。当事務所はですね、15年間にわたりまして、在日同胞の皆さんの帰化申請や、相続に必要な韓国戸籍の取り寄せ翻訳業務を、専門特化してやってまいりました。2026年6月25日時点で帰化の許可者の実績は1,301人になりまして、とうとう1,300人を超えました。
さて、官報に載っている在日同胞のみなさんを眺めて何が想像できるのか。まず、官報に記載されているのは、市区町村までの住所と、本名、生年月日だけです。住所は市区町村までですので、詳細な住所はわかりません。
じゃ、いきますね。
例えば次の記載の場合ですね。
名古屋市昭和区
金〇〇 昭和45年◯月◯日生
そのすぐ下に
名古屋市千種区
金〇〇 昭和47年◯月◯日生
この場合、金〇〇さんが2名、住所は異なりますが並んで載っています。この二人は生年月日が2年差ですので、姉妹だと思われます。姉妹で同法務局、同時申請であれば、互い官報には並んで載ります。
おそらく二人とも結婚をしているのではないかなと想像します。そして、夫はともに日本人だろうとも想像できますね。まあはっきりした根拠はありませんが、3世以降の在日はほぼ日本人と結婚してますからね。
子育ても一段落して、50代というこれからの人生を考えたら帰化をしようかなと思い立ったのかなと。こうゆうパターン多いんですね。
で、「仲良しの姉妹に一緒にどう?」と声をかけた。「兄にも声がけしたけれども、兄は今回はいいわとの返答で、今回は姉妹で帰化をした」と、そのように想像します。
次のケースはこんな感じです。
東京都練馬区
李〇〇 昭和48年◯月◯日生
朴〇〇 昭和49年◯月◯日生
李〇〇 平成16年◯月◯日生
李〇〇 平成19年◯月◯日生
東京都練馬区
崔〇〇 昭和18年◯月◯日生
東京都中野区
李〇〇 平成14年◯月◯日生
これは人数が多いですけど、3世代にわたる家族ではないかと想像できます。
最初の李さんと朴さんが夫婦ですね。昭和48年生まれと言えば私と同じ生まれですけども、3世ともなると在日同士の夫婦は結構少ないです。朝鮮学校出身同士ってケースが結構多いですね。そして、その下に平成生まれの子供が二人並んでるので、この4人は同居ですね。
その下に同じ練馬区で崔〇〇さん、昭和18年生の方がいますが、これは夫の母の可能性がありますね。おそらくご主人(夫の父)は亡くなったんでしょうね。
夫の母については、同じ練馬区なので同居の可能性もあります。市区町村未満の詳細住所は載らなくなったので正確な住所は特定できないので、同居かどうかははっきりしません。
日本の戸籍は3世代一緒には入らず戸籍は分かれます。このケースだと子の家族と母は別個の戸籍になります。ですので、帰化事件としても別個の事件として扱われます。
別個の帰化事件となれば、官報にも別個に記載されますので、同居であれ、別居であれ、「東京都練馬区 子の家族」、そして次に「東京都練馬区 お母さん」というふうに両方ともに住所が頭にきて、別々に記載されるということになります。だから同居かどうかは官報からはわからないですね。
はい、そしてそのお母さんの下に、李〇〇さん、平成14年生まれの方が載っています。上に載っている子供たちと生年月日が数年違いですので、兄弟姉妹と想像できます。住所の区が違うので本体家族とは別居ということがわかります。
独身か結婚しているかはこれだけだとわからないですね。結婚しているとすれば、日本人の可能性もありますし、配偶者が在日または他の外国人であれば、配偶者はこの機会には申請しなかったか、あるいは配偶者だけ不許可になった、という可能性はあります。
はい、このように官報の帰化の許可者の住所と名前と生年月日だけの記載からだけでも、帰化制度や戸籍制度をある程度知っていれば、結構あたる可能性のあるような想像がいろいろできるということでございました。
今回は以上です。
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